第48回 “You can try to collect the account receivable, unless you do mind to lose your life.”(命を落としてもいいなら売掛金回収をトライしてみてもいいね)
2023.09.01売掛金を回収しないと
私がフィリピンに出向したのは、1998年11月。その前年にアジアの通貨危機が発生し、台湾を除くアジアの国々の経済は急降下しましたが、フィリピンも例外ではありませんでした。フィリピンの現地法人は既に大幅な赤字となっていたため、私はリストラの敢行と事業再立ち上げを図るため、社長としてフィリピンへの出向を命じられました。販売会社でしたので、売掛金の滞留と在庫の過多が大きな足枷でした。
在庫に関しては、売れるものは値下げしてでも売り切り、少しでも削減しました。売掛金は、顧客自身が弱ってしまっているため、なかなか支払いに応じてもらえませんでした。私は、小刻みに払ってもらうなど金額と支払ユーザンスを延ばして少しずつでも回収するよう対応しました。
「命の保障はしないよ!」
ところが、ルソン島の南に所在するある顧客は、一向に支払いに応じませんでした。金額が大きかったので、何とか目途をつけようと顧客に何度も催促しました。しかし、「アジアの通貨危機がビジネスを直撃した。最悪の状態でとても払えない」と言う始末。私は業を煮やし、これまでの提案からさらに譲歩した提案を懐に入れて、顧客のところに乗り込むことにしました。その前にフィリピンの商業事情もあるかもしれないと思い、念のため弁護士に相談しました。
弁護士には、「これだけ売掛金を滞留させているのはけしからん。こちらも譲歩して全額払えと言っているわけではないのだから、顧客は支払うべきだ」と訴えました。少し感情的になっている私に対し、弁護士は冷静に「お前の言うことは的を得ている。たしかに支払わない方が悪い。しかし、払うかなあ。アジアの通貨危機の影響で景気は落ち込んでいるので、払いたくないだろうな」と言うのです。私は「全額払えとは言っていない。少しづつ払ってくれればいいとこちらは譲歩しているんだ」と主張を繰り返しました。すると「そこまで言うなら当たってみればいい。しかし、お前の命がどうなっても知らないぞ」というのです。「命?!」と私は大きな声を出しました。
これは『炎熱商人』の世界になる?
そのとき、深田祐介の『炎熱商人』のことが頭によぎりました。石油ショックで日本が苦しくなり、本社が木材の価格を業者に下げさせろ、とマニラ支店に命じたのです。マニラ支店は業者と交渉の末値下げさせましたが、地元業者はそのことを恨んでマニラ支店長を殺害しました。この小説は、昭和四十七年に実際にあった住友商事マニラ支店長殺害事件をモチーフにしています。命を落としてまで売掛金を回収しようなんてとんでもない。そう思った私は慎重に交渉しました。しかし、交渉は多少の回収に漕ぎつけたものの全額回収には程遠い状態でした。
私の同僚が赴任前にアドヴァイスしてくれた「女性と怨恨には気を付けろ。そこさえ押さえておけばあんないい所はないよ」という言葉をあらためて思い出しました。強引に交渉して、仮に全額支払うことになったとしても、多分恨みだけしか残らないのでしょう。お金を持っている者が負担しろという考えがどうもフィリピンにはあるようです。ここは「郷に入れば郷に従え」でいくしかありません。私は本社に「交渉は厳しい状況です。時間をかけるしかないかもしれません。『炎熱商人』を参考にしてください」と言うしかありませんでした。