スタジオジブリ宮崎駿監督の10年ぶりの新作『君たちはどう生きるか』
スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫氏が、「宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』について「スラムダンク方式」で行く」と述べた。情報サイト『ORICON NEWS』(2022年12月28日)がそう報じました。
宮崎監督の長編作品『君たちはどう生きるか』(2023年7月14日公開) は、1938年発表の吉野源三郎氏の同名小説のタイトルを借りていますが、同監督が新たに生み出したオリジナルストーリーです。内容はまったく異なるため、映画の原作?脚本も「宮崎駿」となるそうです。
同情報サイトは、次のような鈴木プロデューサーのコメントも伝えています。「何も情報がない方が、皆さん楽しみが増える。先に知っちゃったら喜びを奪うことになる。今回、それを貫きます」「スラムダンクもそうでしょう。(公開前に情報が)何にもなかった。勉強になった。予想を裏切って、数字があがっていく。そういうことができないかな、って」
実際、この『君たちはどう生きるか』に関しての情報は、スタジオジブリが2022年12月13日に公開した「ポスタービジュアル」に限られています。そのポスターには、目の部分が青く、立派なくちばしを持つ鳥。その鳥のくちばしの下にもう一羽の鋭い目をした小さな鳥が潜んでいる様子が描かれています。
映画『THE FIRST SLAM DUNK』、国内外で大ヒット!
スタジオジブリの鈴木プロデューサーが語った「スラムダンク」とは映画『THE FIRST SLAM DUNK』(2022年12月3日公開)のことです。漫画「SLAM DUNK」を新たにアニメーション映画にしたものです。同作は、1990年から96年まで「週刊少年ジャンプ」で連載され、現在に至るまで絶大な人気を誇る名作バスケットボールマンガです。映画も、マンガ原作者の井上雄彦氏が監督?脚本を手がけ、新たな切り口で、高校バスケ部を舞台に選手たちの成長を描き出したものです。
報道によれば、2023年5月7日時点で、『THE FIRST SLAM DUNK』の興行収入が約138億円に達しました。同作は、前年の22年12月3日の公開から5月7日の156日間で、観客動員数が約966万人を記録するなどロングランヒットなりました。国内だけでなく、韓国や中国をはじめアジア各国で大ヒットしています。
映画の主人公は、ポイントガード?宮城リョータ。いつも「余裕をかまし」ながら頭脳的なプレーと高速スピードで相手を翻弄する湘北高校(神奈川県)の切り込み隊長。沖縄で生まれ育ったリョータには3つ上の兄がいた。幼い頃から地元で有名な選手だった兄の背中を追うようにリョータもバスケに夢中になった。でも、悲しいことに、リョータが小学3年生のときその兄を海の事故で亡くしていた。
高校2年生になったリョータ???湘北高校バスケ部で、桜木、流川、赤木、三井の仲間たちとインターハイに出場し、今まさに王者、山王工業(秋田県)に挑もうとしていた???
映画宣伝/プロモーションの「スラムダンク方式」とは?
この『THE FIRST SLAM DUNK』の宣伝/プロモーションでは、まず「映画のチラシなし」、そして、情報は、劇場に掲出されたポスターとバスケの得点表を模したカウントダウン用「日めくり」のみ。それ以外は断片的な予告(短いイメージカット)だけ、という戦略が採用されました。
つまり、徹底的な「秘密主義」が採用されたのです。その秘密主義のプロモーションで大ヒットにつなげる宣伝手法は、日本の映画業界で「スラムダンク方式」と呼ばれています。
映画『THE FIRST SLAM DUNK』がまだ『SLAM DUNK(タイトル未定)』として製作が発表されたのは公開の1年以上前の2021年の夏。当初は2022年秋の公開となっていましたが、実際は同年12月3日(土曜日)が公開日となりました。
秘密主義のプロモーション方法では、まず、制作発表後、監督と脚本をマンガ原作者の井上雄彦氏が務めることが発表されました。そして、「ゆっくり」と1日ずつメインキャラクターを描いたポスタービジュアルや予告編(イメージカット)が解禁されました。ただし、映画の「あらすじ」はまったく明らかにされませんでした。
その一方でマンガの原作にはないカット(断片画像)が出されると、様々な憶測と考察がファンの間で巻き起こりました。そうしたことがバズって、この映画に対する注目度は当然高まりました。「スラムダンク方式」のプロモーション戦略の勝利です。
「情報の小出し」と「ツァイガルニック効果」
一般に、映画の予告編などでよく活用される「ティーザー予告」(teaser)。映画を事前に宣伝することを目的とした短い予告編であり、同時に、情報を小出しにして焦らしながら、観客の関心を高める効果があります。
宣伝?プロモーションで活用される「情報の小出し」は、心理学の「ツァイガルニック効果」(Zeigarnik Effect)と密接に関連しています。その効果は、旧ソ連出身の心理学者ブルーマ?ツァイガルニック(Bluma Zeigarnik、ベルリン大学博士)という研究者によって提唱された、次のような心理的な効果です。
「人間は、完了した出来事?事柄よりも、未完成の出来事?事柄に対して強い興味を惹かれる、あるいは、記憶に残りやすい傾向がある」。不完全、または未完成な情報もこれに当てはまります。
この「未完成な事物ほど記憶に残るという効果」は、「心理的リアクタンス」(psychological reactance)という心理現象が高まるほど生まれやすいといわれています。
「心理的リアクタンス」とは、米国の心理学者のジャック?ブレーム(Jack Brehm)博士によって提唱された心理現象です。自分の行動が制限されると、「より行いたい」との心理的「反発」が生まれる状態を指します。「ゲームをやめなさい!」といわれると、「反発して」余計にやりたくなる、あの心理です。
ざっくりいえば、「これ以上映画の中身を知ってはダメ!」といわれると、反発して「もっと知知りたい!」と思う効果と表現できるかもしれません。
『続きはCMのあとで』は「ツァイガルニック効果」の典型
テレビのCMの「続きはウェブで」。バラエティ番組の『続きはCMのあとで』『このあと、衝撃の結果が訪れる!』。こうした宣伝はツァイガルニック効果を利用する典型的な手法です。映画の予告編の不完全、未完成の情報提供もその好例です。
ツァイガルニック効果でいえば、「スラムダンク方式」の映画プロモーションは、徹底して「情報の不完全さ」を作り出しているといえます。
もちろん、こうした手法が、すべての映画作品に有効なわけではありません。原作ものやシリーズもので、認知度が高く「黙っていてもある程度の動員が見込める」作品、さらには特定の熱烈なファン層をターゲットにした作品(人気のアイドル映画やアニメ作品)などに特に効果的だといえます。
歴代興収No.1の『千と千尋の神隠し』
さて、今回10年ぶりの宮崎駿監督の長編作品の公開となりますが、映画情報サイト『CINEMA+』にもとづき、スタジオジブリ作品の興行収入ランキング「トップ5」を確認しておきましょう。
【第1位】 『千と千尋の神隠し』…宮崎駿監督/316.8億円/2350万人/2001年
(※2020年の再上映で興行収入がアップ)
【第2位】 『もののけ姫』…宮崎駿監督/201.8億円/1420万人/1997年
(※2020年の再上映で興行収入とランキングがアップ)
【第3位】 『ハウルの動く城』…宮崎駿監督/196億円/1500万人 /2004年
【第4位】 『崖の上のポニョ』…宮崎駿監督/155億円/1200万人/2008年
【第5位】 『風立ちぬ』…宮崎駿監督/約120億円/約1000万人/2013年
(左から、監督名/興収/観客動員数/公開年)
ビジネス面でいうと、『千と千尋の神隠し』の圧倒的な成功が際立っています。
依然として高い人気の『となりのトトロ』
一方、雑誌『FLAS H』(2023年6月12日)が、映画好きの20代から50代の女性500人を対象に行ったが独自のアンケート調査では、「もっとも好きな宮崎駿作品」は、次のような結果になりました。
【第1位】130票 『となりのトトロ』(1988年)
【第2位】83票 『千と千尋の神隠し』(2001年)
【第3位】59票 『魔女の宅急便』(1989年)
【第4位】55票 『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)
【第5位】52票 『天空の城ラピュタ』(1986年)
『となりのトトロ』に対する高い人気はいまだ健在です。この『となりのトトロ』に対しては、「子供ながらに、独特な音楽や背景の綺麗さに不思議な世界に入り込む感覚をおぼえました」「昔の田舎の風景や素朴で素直な子供たち。いつ見ても懐かしく感じる」「見るたびに祖母との思い出が蘇ります」などの感想が回答者から寄せられています。
?観客が自分の人生を作品に重ね合わせ、各自が「特別の思い入れ」を抱いている数々のジブリ作品。2013年の『風立ちぬ』公開から10年ぶりの宮崎駿監督の長編作品『君たちはどう生きるか』がどのような感動を巻き起こすのか。国内外の多くのジブリファンの期待が大きく膨らんでいます。