HBOドラマ「メディア王 ~華麗なる一族~」の「クワイエット?ラグジュアリー」
米国テレビ界の最高峰「エミー賞」を含む主要な賞レースを席巻したHBO(ワーナー?ブラザース?ディスカバリー傘下)の大ヒットドラマシリーズ『メディア王 ~華麗なる一族~』(原題『Succession』(「継承者」)、2023年完結)。
ちなみに、ケーブルテレビHBO(Home Box Office)といえば、ハイクオリティのドラマ制作で有名です。『ゲーム?オブ?スローンズ』(Game of Thrones, 2011-2019年)、つい最近でいえば、ノーティードッグ社の人気ゲーム実写ドラマ『ラスト?オブ?アス』(THE LAST OF US, 2023年)など、枚挙にいとまがありません。
このドラマ『Succession』は、世界有数のアメリカの巨大メディア企業グループ、ウェイスター?ロイコの後継者をめぐる骨肉の争いを描いた人間ドラマです。一代でメディア帝国を築いたローガン?ロイ(ブライアン?コックス)が80歳を迎えて健康に不安が生じたことから、4人の子供たちのうち誰が家督を継ぐのかが一族の深刻な問題となり、熾烈(しれつ)な後継者争いが展開されます。
同シリーズは2018年6月から配信され、最終のシーズン4の最終話が2023年5月末に配信され大人気のうちに完結しました。
このHBOドラマ『メディア王 ~華麗なる一族~』は、ドラマの内容もさることながら、出演俳優たちが着用する「控えめな富裕層ファッション」でも大きな注目を集めました。それが、「クワイエット?ラグジュアリー」(quiet luxury)です。日本語に訳せば「静かで主張しない贅沢」という意味。この言葉は、ショート動画投稿サービスTikTokなどの影響もあり、2023年、一気にファッション業界の「バズワード」(流行語)になっています。
たとえば、分析ソフト「グーグル?トレンド」(Google Trends)によると、「quiet luxury」の検索数は2023年4月にピークに達しました。ソーシャルメディア上では、「いかに高価に見せるか」(#how to look expensive)の動画があふれています。さらに、TikTokだけの「#quietluxury動画」のビュー数(閲覧数)は1億回を超えています。
「ステルス?ウェルス」や「ローキー?リッチ」
「クワイエット?ラグジュアリー」(quiet luxury)と同じような意味で「ステルス?ウェルス」(stealth wealth)や「ローキー?リッチ」(low-key rich)という言葉もあります。「stealth」には「隠密」「こっそり」という意味があり、ステルス?ウェルスは「知る人ぞ知る密かな贅沢」と説明されます。
また「low-key」は、肯定的な意味で「控えめな」「ささやかな?派手でない」状態を形容する言葉です。
たとえば、ドラマの中に、後継者と目されている次男ケンダル?ロイ(ジェレミー?ストロング)が登場しますが、彼のファッションが、米国における「クワイエット?ラグジュアリー」のお手本のひとつだとされます。
ビジネススーツ以外には、彼が着用する衣装は、Tシャツにスエードのトラックジャケット(スポーツ用トレーニングジャケット)、スリムジーンズといったカジュアルなものが多いのですが、実はそれらのすべてが「トムフォード」(TOM FORD)。そしてキャップはカシミア混の「ロロピアーナ」(Loro Piana)。ケンダルの衣装は、いずれも落ち着いた色合いの無地のものであり、ブランドをアピールするロゴは見当たりません。
ちなみに、トムフォードはアメリカを代表する高級ブランド。ロロピアーナは、高級カシミールとウール製品に特化しているイタリアの高級衣料品ブランドです。「カシミヤ混」とは、ウールやシルクなど、カシミヤ以外の素材とカシミヤを混紡した素材のこと。
「オールドマネー」vs.「ニューマネー」、そして「ドーパミン?ドレッシング」
この「クワイエット?ラグジュアリー」に関連して、「オールドマネー」(old money)という言葉もよく使われます。「オールドマネー」とは、相続された富、すなわち何世代にもわたって財産を蓄積してきた一族のことを意味します。一般に、そうした富裕一族は、控えめなエレガンスと時代を超えたスタイルを家系の伝統として重視します。
その典型が、HBOドラマ『メディア王 ~華麗なる一族~』の舞台となっている、アメリカメディアの頂点に君臨しているロイ家(架空)なのです。ちなみに、このドラマは、総資産2.6兆円超の大富豪、世界的メディア王?ルパート?マードック氏をモデルにしているのではないか、と噂されています。
「オールドマネー」という概念があるということは、その対義語である「ニューマネー」(New Money)という言葉もあります。ニューマネーとは、自分の代になって自らの勤勉性、知恵、創意工夫によって富を手にした富裕層を意味します。ニューマネーの一般的な例として、ジェフ?ベゾス氏(Amazon創業者)やマーク?ザッカーバーグ氏(Facebook(現Meta社)創業者)、イーロン?マスク氏(Tesla創業者)などが該当します。
?クワイエット?ラグジュアリー?は、COVID-19のパンデミック直後に米国で流行った華やかな?ドーパミン?ドレッシング?の正反対に位置するものです。ニューヨーク大学スターン経営大学院のファッション&ラグジュアリーMBAプログラムの責任者、トメイ?セルダリ(Thoma? Serdari)教授は「クワイエット?ラグジュアリー?には「時代を超えた控えめで高品質な服やファッションスタイルが含まれている」とその意味を述べています。
ここにでてくる「ドーパミン?ドレッシング」とはどのような意味でしょうか?米ニューヨークのファッション名門大学「ファッション工科大学(FIT)」のファッション心理学者?ドーン?カレン(Dawnn Karen)助教授は、「明るい色は、ポジティブな気分を引き出し、幸福ホルモンの一つ、ドーパミンの放出が促進される。そうした着こなしを『ドーパミン?ドレッシング』(dopamine dressing)という」と説明しています。
今、世界のZ世代のファッショントレンドとされる「Y2K」ファッション、つまり、「西暦2000年」(Year 2000)頃の「明るくキラキラのファッション」は「ドーパミン?ドレッシング」に分類されます。
なぜ、いまアメリカで「クワイエット?ラグジュアリー」が注目されるのか?
では、なぜ、いま、アメリカで「クワイエット?ラグジュアリー」に注目が集まっているのでしょうか。
第1の要因は、世界的なインフレとそれに伴う不況に関係します。アメリカを含む世界的なインフレや不況が、多くの人々を生活困窮に追い込んでいる中、あからさまな富の誇示は的外れで不快に思われ始めています。
第2が、前述したとおり、HBOドラマ『メディア王 ~華麗なる一族~』の大きな影響です。このドラマの中で、登場人物の一人が、イギリスの高級ブランドのバッグを持っている他の金持ちのことを「派手すぎる」と軽蔑するシーンがあります。
確かに、2021年に新型コロナパンデミック規制が解除された当初は、アメリカの多くの人が「自粛生活」にともなう鬱憤を晴らすかのようにお金を使いたい気分になっていました。まさに、「ドーパミン?ドレッシング」の気分だったのです。
しかし、現在、アメリカ経済が苦戦し、個人消費が低迷している状況において、きらびやかな「ドーパミン?ドレッシング」ではなく、よりシンプルで質の高いものを購入する「クワイエット?ラグジュアリー」へと、流行に敏感な人々の関心が移り始めているのです。
まとめると、経済の不確実性と困窮と、HBOの人気ドラマの影響という複合的な要因で、「クワイエット?ラグジュアリー」が急速に、流行に敏感なアメリカの若者たちを中心に、人気のスタイルとなりつつあるのです。
この「クワイエット?ラグジュアリー」として注目されているブランドは次のとおりです。The Row(ザ?ロウ)、Tom Ford(トム?フォード)、Bottega Veneta(ボッテガ?ヴェネタ)、Khaite(ケイト)、Loro Piana(ロロ?ピアーナ)、Brunello Cucinelli(ブルネロ?クチネリ)、Miu Miu(ミュウミュウ)、Max Mara(マックス?マーラ)などです。ただしこれらは誰もが、簡単に手が届くブランドではありません。
そうしたなか、「クワイエット?ラグジュアリー」のファッションブランドとして、アメリカや欧州など世界的に注目が集まっているのが日本発のグローバルブランド「UNIQLO(ユニクロ)」(ファーストリテイリング)です。
ユニクロ「ラウンドミニショルダー」が世界で大人気!
現在のユニクロブームを象徴するエピソードをひとつ紹介しましょう。2022年4月、TikTokのユーザー、英国人ケイトリン?フィリモア氏(Caitlin Phillimore)が、愛称「バナナバッグ」、「ラウンドミニショルダーバッグ」の動画(@caitlinphilmore)を投稿し、それが世界的にバズりました。彼女の次のようなコメントがユニクロ社の公式ウェッブサイトで紹介されています。
「私のTikTokが急にバズったのは、確か2022年の4月だったわ。オックスフォードストリートのお店でこの“バナナバッグ”を買ったばかりだったある日のこと。帰り道にスナックを買おうと立ち寄った店で、このバッグの容量にとても驚いたの。こんなに小さいバッグなのに、私がいつもしているオーバーヘッド型の大きなヘッドフォンまで入っちゃう。それで家に帰って、バッグの中からどんどん物を取り出すビデオを作ってTikTokに投稿したの。」
バナナに似た、丸みがある三日月型のシルエットのラウンドショルダーバッグ。適度に身体にフィットし斜め掛けや肩掛けでもストレスフリーに携帯可能。シンプルな見た目と使い勝手の良さが魅力となり、男女兼用、そして20~40代と幅広い世代の支持を集めています。
TikTokでこの動画がバズったのち、#Uniqlo bag関連の投稿動画が、5,900万回以上再生されたといわれています。「Tik Tok売れ」の典型的な事例です。
このユニクロの「バナナバッグ」がアメリカでヒットしている要因として、(前述した)不安定なアメリカ経済状況と、実用主義的なアメリカ人の考え方が組み合わさって、貴重で限られたお金をより効率的に機能するファッションアイテムに使いたいと考える若者世代が増えていることがあげられます。
?アメリカをはじめ海外のセレブたちもこぞって取り入れている「クワイエット?ラグジュアリー」。2023年後半から来年の2024年は、華美な装飾を削ぎ落とし「映えファッション」とは対極にある主張しないスタイルが、世界の大きなファッションムーブメントになりそうです!