?U2がラスベガス超ハイテクコンサート会場「スフィア」で「こけら落とし」
ラスベガス(Las Vegas、米国ネバダ州)に新しく誕生した超ハイテクコンサート会場「スフィア」。そのハイテク会場で、2023年9月29日、「U2」が定期公演「U2:UV Achtung Baby Live At Sphere」をスタートさせました。この日がスフィアの「こけら落とし」(劇場のお披露目公演)。U2とは、アイルランドのロックバンドで『グラミー賞』を22回受賞(グループ最多受賞記録)している世界的な人気アーティストです。
U2にとっては2019年以来4年ぶりのコンサート。スフィアの入口では5台のヒューマノイドロボットが17,000人の観客を出迎えました。歴代のヒット曲「One」「With or Without You」「Where the Streets Have No Name」など全22曲と、新曲「Atomic City」を披露。チケット価格は400ドル(59,700円)から設定。
このU2ライブには、スヌープ?ドッグ、ドクター?ドレー、オーランド?ブルーム、ポール?マッカートニーなども駆けつけたそうです。
スフィアの最新技術による「没入型体験」
この「スフィア」(Sphere)は、外側をLEDパネルで覆った高さ366フィート(約112メートル)の巨大な球体型コンサート会場。英語の「Sphere」は「球、球体、地球儀」という意味。およそ30階建てのビルの高さです。この7月に外部のスクリーンの点灯がスタートして以来、アメリカ国旗や花火、眼球やバスケットボールなどを映し出し、世界的な注目を集めてきました。
スフィアの内部には解像度16KのLEDスクリーンと、16万7,000個のスピーカーが設置されています。こうした最新技術により「没入型」(immersive: イマーシブ)のコンサート体験が楽しめます。「没入」(ぼつにゅう)とは、集中するあまり、その世界にひどく入り込んでしまうといった状態を意味します。つまり、デジタル映像などを使用して現実と仮想世界を融合させ、現実にないものも知覚できるデジタル環境のことです。最近、「没入」「イマーシブ」という用語は、仮想現実(VR)やデジタル仮想空間「メタバース」(Metaverse)に関係してよく言及されます。
スフィアには、18,600人分の座席が設置され、全席で高速インターネットに接続可能。会場の1万席には「ハプティック?テクノロジー」(Haptic Technology、触覚技術)が組み込まれています。ハプティクス(Haptics)とは、利用者(聴衆)に力、振動、動きなどを与えることにより皮膚感覚で刺激を与えるテクノロジーのこと。たとえば、ゲームのコントローラーのように、利用者に振動を与え「実際にモノに触れているような感触」を発生させる技術です。
スフィアの最終的な総工費は23億ドル(3,432億円)でインフレなどの影響で当初計画額の2倍に増加。一般に2万人収容アリーナの建設工事費が概ね4億ドル(600億円)程度とされます。日本の新国立競技場の総工費が1,569億円。2万人クラスのアリーナとして、スフィアに破格の費用が投じられていることがわかります。
スフィアの建設/運営主体は、スポーツ?エンターテインメント事業を展開する、MSG社(ニューヨーク拠点)です。ニューヨーク?マンハッタンの2万人収容の有名アリーナ「マディソン?スクエア?ガーデン」(Madison Square Garden)の運営企業として有名です。
前述したとおり、スフィアの建設コストは当初計画の2倍に跳ね上がり、超過コスト額はすでに10億ドル(1,500億円)を超えています。今年(2023年)の初め、既存の株主を保護するために、MSGエンターテインメントは2つに分割され、新事業のスフィアの運営主体はスフィア?エンターテインメント?カンパニーとなりました。MSG社はイギリスのロンドン東部ストラトフォードにも2番目のスフィアの建設を計画しているとのこと。
このスフィアは、「シドニー?オペラハウスやパリのエッフェル塔に匹敵する、唯一無二のラスベガスの象徴となる建物」と評価されています。このスフィアが注目されている理由は、アリーナの内側のみならず、球体の外壁も「演出」に活用することにより、都市全体でエンターテインメントの世界が表現されているラスベガスのなかでも、「強烈なプレゼンス」(存在感)を放っている点にあります。
スフィアの新しい広告媒体としての潜在性
スフィアに対して、超ハイテクのコンサート会場という機能にくわえて、広告メディア(媒体)としても広告業界から、次のような大きな期待が寄せられています。
「この球体はこの種のものとしては初めてのもので、目にした人の目を自然と引きつける」「様々な屋外メディアと比較すれば、間違いなく視認性が高く、雑然とした状況を打破するユニークな方法だ」
アメリカの広告/マーケティング業界は、スフィアの技術的機能に注目しています。広告を希望する企業/ブランドはスフィアの(球体)表面で「ライブ?インタラクション」型広告を展開することができます。MSGはスフィアへの広告掲載料を明らかにしていませんが、料金は時間帯、季節性、イベントの長さ、イベントの規模によって変動型で設定可能です。
スフィアは、ラスベガス周辺のさまざまな場所から見ることができ、また空からも視認可能なため、広告媒体として大きな潜在力を持っています。さらに、このスフィア自体が、画像/動画系のソーシャルメディアとの相性もよく、InstagramやTikTokで多くのフォロワーを獲得し、「バズ」(大きなクチコミ効果)を創り出しています。Instagramで、スフィア自体の高画質の画像を見せ、同時に、スフィアを撮影している他の人々の動画をストーリーズ内で再公開することもできます。TikTokでのスフィアのショート動画は、830万回以上再生されています。
変貌し続けるエンタメ観光都市「ラスベガス」
スフィアの開業は、これまで何度も生まれ変わってきたラスベガス(Las Vegas)が、また新たな変貌を遂げようとしていることを象徴しています。1905年、「ゴールドラッシュ」(新たに発見された金鉱に人々が殺到)のカリフォルニアに向かう砂漠の中の貴重な中継地点として、ラスベガス市が設立されました。このとき、ユニオン?パシフィック鉄道が開通し、水の便の良いラスベガスは蒸気機関車の給水地となりました。
1929年のニューヨーク証券取引所の株式大暴落に端を発した「大恐慌」が発生。これといった産業がなかったネバダ州では、税収確保のため1931年に賭博を合法化。カジノ都市「ラスベガス」の始まりです。それ以降、合法化されたギャンブルの目的地となり、その後何年にもわたり、多くのギャンブラーと多額の資金を引き寄せ、巨大なカジノホテルが建設され、集客のためのショービジネスが盛んになりました。
80年代からは、東海岸最大のカジノ都市、アトランティック?シティ(ニュージャージー州)などとの競争が激化。そのため、ラスベガスは、火山や海賊バトルなど子供向けのエンターテインメントを備えた、ファミリー向けのメガリゾート地へと変貌を遂げていきました。
その後、経済不況、さらには2019年以降のパンデミックを乗り越えて、ラスベガスはスポーツと派手で大規模なショー、さらにはコンベンション(国際会議)と、多様な機能を持つ都市に発展しようとしています。
たとえば、プロボクシングの世界的なビッグマッチは、ラスベガス開催が定番となっています。さらに、アメリカンフットボール(NFL)のラスベガス?レイダースと、アイスホッケ
ー(NHL)のベガス?ゴールデンナイツが存在し、さらに、現在、野球(MLB)のオークランド?アスレチックスのラスベガス移転計画が進行中で、スポーツエンターテイメントの重要拠点としても発展しています。
以上のように、ラスベガスの都市ビジネス戦略は成功していると評価できます。2022年には3,880万人の観光客が訪れ、現在、ボストンやシカゴを上回る全米第6位の観光都市となっています。ちなみに、コロナ禍前の2019年の訪日観光客数が3,200万人でした。
空前の「F1ブームの米国」とラスベガスGPの開催
今回のスフィアの開業以外にも、変貌するラスベガスで世界的なイベントが控えています。2023年11月に開催される、世界最高峰のスポーツカーレース「F1ラスベガスGP」です。
ラスベガスの開催は初めてではなく、1981/82年にF1ラスベガスGPが開催されました。ラスベガスで絶大なる人気を誇る老舗ホテル、シーザーズ?パレスの駐車場に全長3.65kmのコースを仮設して実施。今年(2023年)、ラスベガスGPが41年ぶりに復活するということです。今回は全長6,120mのラスベガス?ストリート?サーキットで「ナイトレース」として行われます。
サーキットの大部分は有名な「ラスベガス?ストリップ」で構成されます。沿道に華やかなホテルが立ち並ぶなかをF1マシンが平均時速230kmで疾走するレースは、F1界に新しい可能性をもたらすと期待されています。ラスベガス?ストリップ(Las Vegas Strip)とは、ラスベガスの街を貫く大通りラスベガス?ブールバード(Las Vegas Blvd)の一部で、ラスベガス観光の中心にあたる、長さ約4マイル(6.4km)の部分。「strip」とは「通り」という意味です。
事前の経済調査によると、ラスベガスGPの来場者の消費額が9.6億ドル(143億円)、イベントの運営?サポートコストが3.1億ドル(46億円)と予測されています。11月16日の初練習から18日の決勝まで、毎日約10万人の動員が見込まれています。
ちなみに、今、アメリカで若者を中心に「空前のF1ブーム」が発生しています。2019年に動画配信Netflixで放送された『Drive to Survive 』が、レースの舞台裏と人間模様を公開し、米国で大ヒットしました。このシリーズがアメリカのF1人気におよぼした影響は絶大で、1レースあたりの視聴者数は、2018年の54万人から22年には140万人に増加。世論調査でも、アメリカのF1ファンの半数以上がこのシリーズを見てファンになったと回答しているほどです。
なお、北米(米国+カナダ)を主力市場とする日本のホンダ社が、2026年シーズンからF1に正式復帰(「アストンマーチン」へパワーユニットを供給)します。その背景には、米国でのこの「F1ブーム」があるといわれています。
?球体型ハイテクコンサート会場「スフィア」やF1ラスベガスGPだけでなく、今後も、米国内そして世界の旅行客を魅了するエンタメ/観光都市ラスベガスの挑戦に要注目です。