人気青春純愛映画『よめぼく』と、その主題歌「若者のすべて」by suis(スイ)from ヨルシカに大きな注目が集まっています。名曲カバーの目的/効果のビジネス的な視点も加えながら、暑(熱)かった2024年夏の『よめぼく』現象を紹介します。
TikTokで多くのカバーソング動画が流れてくる!
ショート動画アプリTikTokを見ていると、自分の好みに合った、おびただしい数のカバーソングの映像が流れてきます。簡単に言えば、それは、ユーザーの嗜好を緻密に把握するTikTokのAI(人工知能)やアルゴリズム(algorithm)の「なせる技」です。ソーシャルメディア系のAIのなかでも、TikTokの人工知能はトップレベルの水準にあるという評価が少なくありません。
アルゴリズムとは視聴者が好む動画コンテンツを最適に提供する仕組みのこと。TikTokの場合、ユーザーの平均視聴時間?視聴維持率、視聴完了率(フル視聴率)、複数回再生数などから、嗜好をつかみ動画を推奨する機能を持っています。
この2024年の夏(7-8月)でいえば、(筆者の個人的な体験も含まれていますが)「ヨルシカ」のsuis(スイ)さんの名曲カバー「若者のすべて」の動画を視聴する機会が多かったように思います。オリジナルは人気バンド「フジファブリック」の名曲です。このカバー曲は、人気アイドル/俳優の永瀬 廉 (ながせ れん)氏(King & Prince株式会社)が主演を務めるNetflix映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』(略して『よめぼく』)の主題歌です。
映画『よめぼく』の主人公を演じるのが永瀬 廉さんと出口夏希さん
『よめぼく』は、森田 碧(もりた あお)氏によるベストセラー小説を映像化したもの。突然余命を宣告された主人公 早坂 秋人(永瀬 廉 さん)が人生を諦めながら淡々と日々を過ごすなかで、病院の屋上で出会う余命半年の桜井 春奈(出口夏希 さん)と出会い、運命の恋に落ちる青春純愛映画。
永瀬廉氏は、その甘いマスクをファンたちが「全角度国宝級」と評価するほどの人気アイドルです。相手役の出口夏希(でぐちなつき)氏も、「LINEリサーチ」調査(2024年5月発表)で、Z世代が選ぶネクストブレイク女性俳優第1位になるほど、期待されています。(個人的な感想ですが)『よめぼく』での出口さんの「目の演技」に引き込まれました。
suisさんが歌う「若者のすべて」(原曲:フジファブリック)は、「劇伴」の音楽も担当した亀田誠治 氏(音楽プロデューサー、作詞/作曲/編曲家、そして「東京事変」メンバー)がプロデュース。彼女の暖かくエモーショナルな(エモい)歌声が映画のエンディングを鮮やかに彩り、同時に多くの観客の涙を誘います。「劇伴」(げきばん)とは、映画、演劇、テレビドラマやアニメなどの中で使われる音楽のこと。業界用語的な言葉で、劇の中の伴奏の音楽が由来。
映画『余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。』Special PV- Netflix
主題歌: suis(スイ)from ヨルシカ 「若者のすべて」
suisさんの「若者のすべて」を聴きながら、カバー曲の人気ランキングは存在するのか?そんなことを思いながらネットで検索してみると、音楽配信サービス「dミュージック」(旧dヒッツ)による「よくカバーされる名曲20選(プレイリスト)」(敬称略)を発見しました。
「三日月」(絢香) 「Story」(AI) 「歌うたいのバラッド」(斉藤 和義) 「桜坂」(福山雅治) 「雪の華」(中島美嘉) 「Missing」(久保田利伸) 「やさしさで溢れるように」(JUJU)「ハナミズキ」(一青窈) 「遠く遠く」(槇原敬之) 「Everything」(MISIA)
「元気を出して」(竹内まりや) 「I LOVE YOU」(尾崎 豊) 「未来予想図II」(DREAMS COME TRUE) 「奏(かなで)」(スキマスイッチ) 「糸」(中島みゆき) 「最後の雨」(中西保志) 「真夏の果実」(サザンオールスターズ) 「M」(PRINCESS PRINCESS) 「Time goes by」(Every Little Thing)
楽曲カバーの法律問題:多くの場合はJASRACやNexToneの利用許諾
ここで、楽曲カバーの基本的な法解釈について専門家の見解を確認しておきましょう。
弁護士の琴 太一(こと たいち)氏が、楽曲カバーの法律問題を明快に解説しているので、引用します。琴 弁護士は音楽家のための無料法律相談サービスを提供する「Law and Theory」メンバーでもあり、京都精華大学で知的財産権の講義を担当されています。ご自身のブログ「note」で「音楽にしか興味がない弁護士」と自己紹介されています。
琴 弁護士の解説は次のとおりです。「他人の楽曲(原曲)をカバーして演奏?録音などする際には、曲?歌詞の著作権者から利用許諾を得る必要があります(多くの場合はJASRACやNexToneの利用許諾)。
曲に独自のアレンジを加えてカバーする場合には、JASRACへ申請する前に、著作権者(音楽出版社)や著作者本人(作曲家)からアレンジの許諾を得ておくことが望ましいです。
原曲の歌詞を部分的に変更するのではなく、全く新しい歌詞をつくって原曲に乗せる場合であれば、著作者本人(作詞家)の許諾は必要なく、曲の許諾だけを得ておけばよいと考えられます。」(琴 太一(2020)「【連載】アーティストのための法と理論 - Law and Theory for Artists Vol.3」, 『THE MAGAZINE』(TuneCore JAPAN), 2020年6月15日)
ここにでてくる「JASRAC」(ジャスラック、Japanese Society for Rights of Authors, Composers and Publishers)とは、「日本音楽著作権協会」のことで、日本および海外の音楽について、作詞者?作曲者?音楽出版者がもつ音楽著作権を管理する団体です。
NexTone社(ネクストーン、東京都渋谷区恵比寿)は、日本の著作権管理団体の一つで、楽曲の著作権者と利用者との間に立ち、音楽著作物やコンテンツを管理しています。さらに、デジタルコンテンツディストリビューション業務、キャスティング事業等による楽曲の利用促進や、システム開発、音楽出版社向けサービスへも事業を展開中です。
名曲カバーによって、ファン層が拡大!
続いて、著名アーティストはなぜ過去の名曲をカバーするのかを、考えてみましょう。音楽批評ブログ「music-critic」の記事(2016年7月26日)が、カバー曲の目的/効果を分かりやすく説明しています。そうした論説などをもとに、あくまでも一般論として、ビジネス的な視点に立ちながら考えてみます。
第1が、一般的なビジネス論に言えば「コストパフォーマンス」(コスパ)です。すでに名曲として普及し多くのリスナーに知られているため、まったくゼロからヒット曲を創作する必要がないということです。CDが全盛の時代でいうと、「ミリオン」(100万枚)と呼ばれるヒット曲を出す確率は1%~2%ぐらいだったそうです。極めて低い成功率です。
これに対して、名曲には、その曲のファンが既に存在しているので、自分のファンだけでなく、そうした既存のファンを想定して売上/(動画)視聴増が見込めます。つまり、カバーするアーティスト並びにレコード会社にとって売上の見込みやファン層の拡大が期待できるのです。
第2が、「話題性」です。音楽業界的には、カバー曲のほうが、新曲よりも話題になりやすいという傾向があるそうです。そのアーティストが、なぜその曲をカバーするのか?音楽情報サイト/ニュースで評論家/専門家が取り上げその理由を考察する。あるいは、インタビューで、アーティスト自身が原曲のアーティストや楽曲との関係性を熱く語る。カバー曲はメディアに対してそうした芳醇な話題を提供する格好の素材になるのです。
カバー曲によって、ファンは、推しのアーティストの音楽のルーツを知る!
第3に、カバー曲が(新たにカバーした)アーティストの本質を示唆する点です。(上記2とも若干関係しますが)、カバー曲を媒介にして、そのアーティストが自分自身の音楽のルーツや秘めたる思いを紹介することができます。ファンにとって、推しのアーティストの音楽ルーツや、どのような音楽的な影響を受けてきたのかということは、強い関心を持つ要素です。
多くの場合、カバー曲は、そのアーティストに大きな影響を与えた楽曲である可能性が高いといえます。ファンたちは、カバー曲を通じて、アーティストの心の深部を知り、アーティストとの心理的な距離をさらに縮めることができるのです。
新しい表現手法、マンネリの打破、イメージチェンジ?
第4として、「マンネリ打破」と「新しい表現手法の開拓」です。カバー曲が、そのアーティストに対して、新しい視点を提供してくれることも期待できます。音楽を創作する、作詞作曲をするアーティストは、「マンネリ化」しないように常に腐心しているといわれています。
アーティストは、新たにカバー曲を発表することによって、自身の新しい表現方法を模索/探求することができます。場合によっては、イメージチェンジのきっかけにもなり得ます。同時に、ファンたちも、アーティストの新たな側面を見ることで、アーティストに対する愛情の地層が増えていきます。
バンド名「ヨルシカ」は歌詞「夜しかもう眠れずに」に由来
「ヨルシカ」のプロフィールを確認しましょう。VOCALOID(ボーカロイド)を使用した楽曲を制作するボカロP、またコンポーザー(作曲者)として活動している「n-buna」(ナブナ)氏が、ボーカルの「suis」氏と共に2017年に結成した人気バンド。現在2人の顔や詳細なプロフィールは公開されておらず、ライブを除き顔出ししていません。ボーカロイドとは、ヤマハが開発した歌声合成技術と、その応用ソフトウェアのことをいいます。
「ヨルシカ」の人気曲は「ただ君に晴れ」「花に亡霊」「だから僕は音楽を辞めた」など。
この「ヨルシカ」というバンド名は、1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』の収録曲「雲と幽霊」の歌詞の一節「夜しかもう眠れずに」に由来。また、目のようなデザインのロゴマークは月と月が向かい合っているモチーフで、時計の針にもなっており、「6時から夜」という意味が込められています。
なお、「ヨルシカ」「ずっと真夜中でいいのに。」「YOASOBI」の3つのバンドは、バンド名に『夜』が入っているため、「夜行性」にかけて「夜好性」(やこうせい)アーティストと呼ばれることもあります。
日本のオルタナティヴ?ロックを代表するバンド「フジファブリック」
「フジファブリック」は、日本のロックバンド。2000年に山梨県富士吉田市で志村正彦氏を中心に結成され、2004年にメジャーデビュー。
2000年代の日本のオルタナティヴ?ロックを代表するバンドとして人気を博す。オルタナティブ?ロックとは「もう一つの」という意味を持ち、商業主義的なロックや人気の音楽様式とは一線を画す前衛的な音楽スタイルだとされます。
「フジファブリック」の人気が拡大するなかにあって、2009年12月に志村氏が急逝。その後は残された山内総一郎氏、金澤ダイスケ氏、加藤慎一氏で活動を継続。2024年7月、「この20年間でバンドに対してすべてを出し尽くした」という理由から、2025年2月にバンド活動を休止することを発表。
バンド名の由来は、結成時のメンバーの実家が営む繊維会社名「富士ファブリック」(山梨県富士吉田市)とされます。
『若者のすべて』は「2000年代を代表する楽曲」として高校音楽の教科書に掲載!
『若者のすべて』はフジファブリックを代表する名曲で、すでに多くのアーティストにカバーされています。テーマは花火をモチーフにする夏の終わりの切なさ。哀愁ただようメロディーラインが胸に迫り、どこか懐かしい気持ちにさせてくれます。高校の音楽の教科書に「2000年代を代表する楽曲」として掲載されています。
この曲は、櫻井和寿氏(Mr.Children)がボーカルを務めるBank Band、藤井フミヤ氏、槇原敬之氏、柴咲コウ氏、藤井 風氏、アイドルネッサンス、私立恵比寿中学などによりカバーされ、そうした複数の著名アーティストの影響で幅広いリスナーに浸透しています。
suisさん「映画の最後にも希望を感じてもらえたら嬉しいです」
suisさんが、カバー曲「若者のすべて」に関して次のようなコメントを寄せています。
「私が若者の頃、初めて『若者のすべて』を歌った時、涙が止まらず歌いきれなかったのを覚えています。「よめぼく」の最後に流れる『若者のすべて』は涙を拭(ぬぐ)うイメージです。「よめぼく」という光ある作品の中で、また亀田誠治さんという太陽のような音楽家に手を引かれ、私も前を向いて歌いました。映画の最後にも希望を感じてもらえたら嬉しいです。」(『FASHIO PRESS』2024年6月14日記事)
過酷な運命に真摯に向き合いながら歩み続ける主人公二人の姿と、寄り添いながら優しく応援するようなヨルシカのsuis(スイ)さんのまろやかで、暖かくてハートフルなカバー「若者のすべて」が、映画を観る者に明るい「未来」を感じさせてくれます。伝説に残るような新たな青春純愛映画の誕生!それが『よめぼく』です。