イタリアの携帯端末事業は、携帯サービス開始のタイミングでうまくSIP(携帯キャリアで日本のNTTドコモに当たる会社、現在のTIM)に参入することができました。ただ、全部で4社(NEC、モトローラ、エリクソン、沖電気)が携帯端末ベンダーとして選定され、商品やサポートが悪いと、SIPからの発注数量がゼロになることもありました。
NECの携帯端末は、市場でまずまず受け入れられていましたが、一気に勝負に出ようと、ミラノとローマにある屋外看板数百か所に1か月間広告を打ちました。たしか3m x 6mのサイズだったと思います。屋外ですから、文字をたくさん載せるのは得策ではありませんので、商品の写真とキャッチコピー1つだけのシンプルな広告にしました。商品の写真は、外観のエッジラインを強調し、デザインを魅力的に押し出したものです。デザインが好きなイタリア人の性向と携帯端末にまだ馴染みのない市場状況を勘案しての広告でしたが、これが大当たり!「NECの携帯はセクシー!」と評判は上々でした。この広告でNECは一番手のベンダーに躍り出ました。
当時のイタリアは盗難が多く、駐車してカーステレオを車に付けたままにしておくと、窓ガラスが割られ、盗られてしまいます。だから、カーステレオは車から簡単に取り外しができるようになっていました。レストランでの光景はちょっと滑稽で、カーステレオがどのテーブルにも置かれているのです。私も車でレストランへ行くときは、必ずカーステレオを取り外して、テーブルの上に置いたものです。
ところが、あるときからレストランの光景に変化が生じました。テーブルの上にカーステレオともう一つのものが置かれるようになったのです。それは携帯端末です。当時の携帯端末はまだポケットに入るサイズではなかったため、みなテーブルの上に置くのです。しかし、サイズばかりが理由ではなかったでしょう。携帯電話サービスが始まったばかりでしたので、みな、自分は携帯電話を持っているんだぞ!と見せびらかしていたのです。屋外看板広告で大当たりのNECの携帯は、ありがたいことにみなこれみよがしにテーブルに置いていました。お蔭でレストランに行くときの楽しみが一つ増えました。もっともイタリア料理はおいしいので、そんなことがなくても楽しい時間なのですが。
それにしても、携帯端末のデザインを見て、“Sexy !”と言うあたり、さすがイタリアだなと思いました。人生をエンジョイするのに長けたイタリア人らしいことばです。ドイツ人だったら“Excellent !”でしょうか。ミラノとローマの街中にセクシーな写真がいっぱい出回り、ちょっとしたブームでした。GSMというデジタル携帯端末の前のアナログ時代(第一世代)のことです。初年度の携帯端末事業だけで100億円近い売上となり、イタリア事業全体を牽引する事業となりました。