イタリア語で「広場」のことを「Piazza(ピアッツア)」といいます。イタリアはピアッツアの国と言われるほどにすてきな広場がたくさんあります。中でもシエナという街(トスカーナ州)にあるカンポ広場は、イタリアで一番美しい広場だと私は思っています。
三つの丘が合流する窪地に造られたため、広場は扇形となっていて、扇の付け根に向かって傾斜しています。そのことが美しさの大きなポイントの一つですが、実は美しい広場の条件として私は「閉じられている」ということが一番重要だと思っています。「閉じられている」つまり、周りの建物が広場を取り囲み、閉鎖された空間を生んでいるということです。シエナは中世にフィレンツェと争うほどの都市国家でしたから、周りには塔や市庁舎美術館などの歴史的建造物があります。カンポ広場はいわばシエナの中世の街並みで閉じられている空間ゆえにとても美しいのです。夏には、広場に砂を撒いてパーリオという競馬の祭が開催されることでも有名です。
さて、家族と車でトスカーナ地方へ旅したときのこと、地図を広げるとシエナが近くにあることがわかり、どうしても寄り道したくなりました。妻に「シエナまで20キロほどだからちょっと寄らない?」と言いました。妻は「一度行ったからいい」と言いましたが、私はどうしてももう一度観たく、「ほんの5分だけでいいからカンポ広場を拝ませて」といって、寄り道に付き合ってもらいました。居ても立ってもいられませんでした。恋人に逢いたいとう気持ちといいましょうか。妻や子どもを車に待たせて、私はカンポ広場へ行き、5分ほどピアッツアに立ち、シエナの街の空気を吸い込みながらまた車へと戻りました。
このときのことをイタリア人の同僚に話をしました。「シエナはなんであんなに美しい街なんだ。カンポ広場にたった5分。それだけで幸せな気分になれた」と言うと、同僚は「その気持ちわかる、わかる。ミラノからシエナまで車で4時間、往復で8時間かかるけど、30分でいいからカンポ広場のカフェでエスプレッソを飲みに行きたくなるんだよな。往復8時間は十分報われるよ」と言います。私も「30分の幸せのためなら、8時間なんて問題ないよ」と言い、大いに意気投合して、シエナとカンポ広場を讃え合いました。
さて、携帯電話がアンテナの感度問題を起こしたときのこと。日本から出張者が来て、いっしょにフィールドテストをすることになりました。アンテナの技術対策を施し、それがフィールドできちっと受信するかをテストしようというのです。土、日をつぶしてテストすることになりましたが、みんなのモチベーションも考え、どうせフィールドテストをするなら美しい広場でやりましょう、と提案し、実行しました。さすがにミラノから車で4時間のカンポ広場というわけにはいきませんが、ミラノ郊外のヴィジェーヴァノにドゥカーレ広場というルネッサンスの面影を残した美しい広場があるので、ヴィジェーヴァノで実施しました。ちなみにこの広場はレオナルド?ダ?ヴィンチの立案だそうです。
一人が広場を歩き、他の者が広場のカフェから発信するというやり方でフィールドテストを実施しました。女性の出張者が広場を歩いて電話を受信しているとき、なんとイタリア人の男性が2,3人やって来て、口説き始めるではありませんか!これには驚きました。さすがはイタリア!でも、彼女は彼らをうまくいなし、テストを続行。彼女がカフェに戻って来たとき、「フィールドテストじゃなかったら言い寄られてついて行ったかも」と笑う彼女に「それもいいね」と言い返し、みんなで盛り上がりました。
そんな楽しいハプニングもありながらフィールドテストは滞りなく終了し、アンテナの感度もばっちり改善していることが実証されました。しかし、ヴィジェーヴァノの広場は基地局がすぐそばにあり、電波がよく通るのはあたり前であることがあとでわかりました。結局、フィールドテストはミラノの感度のよくない場所でやり直しとなりました。
技術問題は、厄介でしんどい仕事でしたが、「ヴィジェーヴァノの広場でのフィールドテストは楽しかった。広場で飲んだエスプレッソは忘れない。今度は技術問題ではなく、前向きな件でイタリアに来たいな」と日本からのエンジニアの方に言われたときは嬉しく思いました。現地にいる側としては、日本の出張者がまた来たいと思ってもらうことが何よりも嬉しいことなのです。イタリア会社のファンを増やしてビジネスを盛り上げる。それも現地出向者の大切な役目なのだと思いました。