当たり前のことですが、ヨーロッパといっても国によって文化が異なります。私の場合、ドイツで五年近く仕事をしてイタリアに移りましたが、イタリア人とドイツ人は考え方が全く違います。ドイツの現地法人にいたときは、ドイツからヨーロッパ大陸のビジネスを管轄していました。毎月行うフォーキャスト会議(発注予測を立てる会議)では、ドイツ人とイタリア人との間で意見が合わず、苦労しました。そのとき、よくイタリア人のバンカレが「ヨーロッパといっても一つじゃない。おれらイタリアにはイタリアのやり方がある」と言っていました。
イタリア会社は、結局その四年後にドイツから独立して日本の本社の子会社となりますが、それはバンカレの悲願でもあったのです、イタリアでビジネスをやる以上はイタリア人の考え方でやらないとうまくいかない。ドイツ人がやっても駄目なんだと。
さて、バンカレから聞いたおもしろい話を一つ。ファックスのビジネスでドイツ人がミラノに出張して来たときのことです。バンカレは彼を車に乗せて郊外のお客様のオフィスへ連れて行きますが、その帰り道のことです。ガソリンのランプが点灯しました。ドイツ人は「ランプが点いたな」と言います。早く入れた方がいいと言わんばかりです。バンカレは何も答えません。やがて右手にガソリンスタンドが現れます。バンカレは素通りします。また、ガソリンスタンドが現れます。バンカレはまたも素通りします。見るに見かねたドイツ人は「今、ガソリンスタンドがあったじゃないか。なんでガソリンを入れないんだ」と少し大きな声で言います。バンカレは「大丈夫。入れるから」と言うだけです。
そのあともガソリンスタンドが現れますが、バンカレは入れようとしません。ドイツ人はとうとう我慢できず「なんでガソリンを入れないんだ。いくつもガソリンスタンドがあったじゃないか」と叫び出します。結局、バンカレはあまりにうるさいので、そのあと現れたガソリンスタンドに寄って、ガソリンを入れたというのです。
バンカレの言い分はこうです。「なんでドイツ人はあんなにうるさいんだ。おれの車なんだ。ガソリンランプがついてもあと何キロ走るかくらい経験でわかっている。なんでおれを信用しないんだ。こっちはわかって運転しているんだ。余計なお世話だ」
信号に対する考え方もドイツ人とイタリア人では違います。ドイツでは「Dunkel Gelb(暗い黄色)」といって、信号が黄色になると車は止まらないといけません。でもイタリアでは、黄色になると慌ててアクセルをふかして突っ走ります。朝の通勤時など、ドイツでは前にいる車は信号が黄色になると止まります。私はなんで進まないんだ、とよくイライラしました。しかし、イタリアでは、前の車は信号が黄色になろうものなら前へ早く進もうとアクセルをふかします。イタリアの朝の通勤の方がストレスが溜まらず快適でした。
ただ、イタリアでは赤信号を無視して車が走ることがよくありました。私はバンカレに「イタリアは信号無視が多い。ドイツでは黄色になると車は止まるので安心だ」と少し批判を込めて言いました。するとバンカレは「イタリア人は歩行者を見て大丈夫と判断した上で信号を無視している。歩行者が渡っていたら信号無視はしないよ。逆に車の側が青で歩行者が赤で渡っていたら、車はちゃんと止まる。ドイツだと歩行者が赤で渡っていても車は自分が青で正しいから止まらない。どっちが安全かよく考えてみろ」と言います。私はおもわずなるほどと納得してしまいました。
「ルールは守るためにある」と考えるのがドイツなら、「ルールはルール。状況を見て臨機応変に対応する」のがイタリアなのかもしれません。信号の例は少し言い過ぎの感ありますが、「ルール」は守ること以上に運用することの方が大切だと思います。ラグビーにある「アドバンテージ」というルールがまさにこの発想ですね。相手が反則を犯していてもゲームが味方に有利に展開しているならそのまま流すというのが「アドバンテージ」です。試合の流れを大事にするのです。イタリア人は、案外エッセンシャル思考?